宴の後


 星のきらめきが波間に浮かぶ、一種幻想的な雰囲気の夜。
 いまさら見慣れた景色でも、綺麗なことに変わりはないと、クリリンはしみじみ感じた。

 だがあいつは、こんな夜景を見ていないのだろう。

 18号は現在、ブルマの紹介で、とあるご令嬢のボディガードを務めていた。
 彼女のガードは中々評判が良い。
 特に今回のような、思春期の悩める乙女にはすこぶる好評だとか。
 ブルマ曰く、男という存在自体に嫌悪感にも似た感情が芽生える時期に、ごつくてむさい男のガードよりも、
 18号のような美しく、強く、頼れる女性の方が良いに決まっているのだとか。
 好評ならばこちらも嬉しい。喜ばれているのなら有難いことだ。
 だが自分はいつも心配になる。

 キレていないだろうか。
 余計な仕事を増やしてはいないだろうか。
 間違っても依頼人に迷惑をかけてはいないだろうか。

 こんな事を直接彼女に言おうものなら「あたしを何だと思ってるんだ!」と激怒するに決まっているが。
 心配なのは心配なのだ。
 ・・・まあ、一番心配なのは、

 怪我をしていないだろうか、ということなのだが。

              ※

 この家の主である武天老師は、気を利かせてくれたのか知らないが、暫く外出するとだけ告げて出て行ってしまった。
 しかしせっかくの心遣いも、突然の仕事の依頼でしばしば台無しにされてしまうことがある。
 だがお互い割り切った性格なので、文句も言わずに18号は仕事に向かった。
 そして仕事最終日の今夜は、ブルマの家で件の令嬢一家とその他大勢を招いたパーティがあるらしい。
 それが終われば、晴れて18号は任務完了ということになる。
 まあそんなに遅くはならないだろう。お洒落をすることは好きでも、彼女はあまり人ごみの中にいるの好まない。
 いつものように、すぐに帰ってくるだろう。
 背後から人の気配を感じたのは、そう思っていた矢先であった。
「ああ、おかえり。 ――って、その格好で帰ってきたのか?」
「悪いか?」
 むっつりとした表情で答えたのは、件の彼女。
 今日はパーティ用のドレスに身を包んでいるので、いつもとは違う雰囲気を醸し出している。
 だが彼女の魅力を一番引き立たせる、絹糸のような金の髪も、月の光に照らされて、今は銀色に輝いていた。
 そういう色も似合うなあ、と帰宅した18号を見て何気にそう思えた。
「ああいう堅苦しい処は嫌いなんだよ。適当に切り上げてきた」
「またお前は、そういう勝手ことを・・・」
 やっぱりそういうことになったかと、さっさとバスルームに向かった18号の後ろ姿を見て、クリリンはため息をついた。
 さて、ああいう豪勢な場所は食事も豪勢だっただろう。
 何かさっぱりしたモノでも用意するかと台所に向かったところ、突然電話が鳴り出した。
受話器の向こうからは、機械的で抑揚のない女性の声が『夜分遅く恐れ入ります』と告げた。
どうやらカプセルコーポレーションの者らしい。
『若奥様がそちらに伺ってはおられませんか?』
一瞬、誰? と思ったがようやく該当者を思い出せた。「ああ、ブルマさんですか。いえこちらには」

ゴウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンッ!

 外から、凄まじい轟音が家中を震わせる。
「・・・・・・来たようです」
 全く疑いもせずに、クリリンはそう告げた。
『では宜しくお願いします』
それでは、と告げたと同時に電話は一方的に切られていた。
何をどう宜しくしろというのか。
まあ、あの人の性格に付き合わなければならないのなら、これぐらいの諦めは必要であろう。
誰が来たのか検討はついたものの、やはり確認はしておいた方がいいだろうと、クリリンが外に出ようとしたその時、
ダカダカダカ! と怒気を散らしながらの足音と共に、18号が姿を現した。
「何だ!今の音はっ」
「いや、お前の方こそ何だよその姿! ちゃんと服着ろ!」
バスタオル一枚で現れた18号にぎょっとしながら叱咤するも、元から聞く気はないのか彼女は返事もせず外に飛びだした。
「・・・何で」
すかさずキッ!とクリリンを睨みつけ「何でこいつがいるんだ!?」と怒鳴り散らす18号。
俺に聞かれてもなあ・・とぼやきながら、クリリンはここでようやく外の惨状を確認できた。
一機のエアカーが砂浜に突っ込んでいる。間違いなく件の彼女の所有している物だ。
壊れてるんじゃないのか、とか、この後どうやって帰るんだろう、という疑問が脳裏を過ぎる。
ちなみに、中の人間の安否を気にかけたのはだいぶ後だった。
そうこうしている内に、中からのそのそと何かが這いずり出てくる。
そこには、見間違えようもない、世界一の大富豪にして一児の母の姿。
トロンとした目つきで、呆れ顔のクリリンとバスタオル一枚で憤怒している18号を順に見回し、一言。
「・・・・・・・・・・・・・・・・お楽しみ中?」
「違う!」
 瞬時に顔を真っ赤にしながら、18号が怒鳴った。
 だが当の彼女は「あっはっはっはっは! ごめんねー!」と言いながら、クリリンの肩をべしべしと叩きまくる。
 間違いない。彼女は酔っていた。
 しかも当の昔に限界を超えていた。
 ブルマの豪快な絡みに適当に相手をしながら、クリリンはそっと18号に訊ねた。
「もしかして、お前が帰る頃にはもうこんな状態だったのか」
「・・だから帰ってきたんだよ」
 その一言で、クリリンは18号にこれ以上もないほど同情した。
 何がそんなに楽しいのか、けらけらと笑うブルマに、クリリンは冷静に言った。
「駄目ですよブルマさん。飲酒運転しちゃ」
「そういう問題じゃないだろっ! とっとと帰れ!!」
「この状態で、無事に帰れると思うか?」
「知るかそんなの。そっちが勝手に来たんだろ」
 言葉は乱暴だが正論だ。
彼女の気持ちも判る。きっと散々絡まれたのだろう。それでもよくぞキレずに帰って来てくれたものだ。
もうちょっとだけ辛抱してくれ、とクリリンは何とか18号に言って聞かせる。
だがそれでも、18号の顔の険しさが溢れ出ようとするのを、抑えることは出来なかった。
どうあってもこの女を家に入れる気か。確かにこんな状態で帰れるはずもないが・・・、
「・・・っのバカ!」
 一言怒鳴りつけ、18号は中に入って行った。
 後ろから二人の声が重なって聞こえるも、耳に届く前にバスルームに入り、身に纏っていたタオルを床に叩きつけた。

――あのバカ・・・! お人よしにも程があるぞ!!
せっかく・・・・・せっかく――

 今にも辺りを破壊しかねないほど、力いっぱい拳を握り締め、ふるふると肩を振るわせる。
 透き通った白い肌も、怒気に満ちてほんのり赤みがかっていた。
「せっかく、二人っきりだっていうのに!!」

              ※

居間に通されたブルマはのろのろと座り、しばらくテーブルに突っ伏していると、いきなりがばっ!と顔を上げた。
「クリリンくん!」
「はい?」
「梅茶漬け食べたいわ」
反論してはいけない。酔っ払いの言動にいちいち相手をしても身が持たないのは、この人と関わって以来、充分理解していた。
今回は割と庶民的な嗜好で良かったと、クリリンは台所に向かおうとすると・・・。
「おい待て!」
 いつの間にあがってきたのだろうか、しっとりと濡れた髪もそのままに、腑に落ちない顔で睨みつける18号。
 何でこんな奴を持て成すんだよ、とその空色の瞳が訴えている。
 それに対し、どこか悟りじみた表情でぽんと彼女の肩を叩き、
「こういう時はな、下手に逆らったら逆に厄介なんだよ」
 体験者ならではの、重い口調でクリリンは語る。
 さすがに18号もそれ以上は何も言えなくなり、黙ってクリリンを見送った。
 彼なりに色々と苦労しているのだろう。
 
――特にこの女には、だろうな――

 頬杖をついて眠たそうなブルマを見据えながら、それでも心のどこかでは、
(クリリンのお人よしにも問題があるんじゃないのか)という考えも過ぎった。
まあ、八割ほど正解であろうが。
「――――18号」
「・・・・・!!」
物思いに耽っていたその時、すぐに隣りからブルマの囁き声が耳をくすぐってきた。
 正直、気づくのが遅れたが、それを悟らせまいとして睨みつける。
「・・・・・・・・・・・何だ」
 気の弱い人間ならば、一瞬で恐怖に恐れおののくような目つきで、18号はブルマを一瞥する。
「可愛い」
「あ?」
「可愛いいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「うっあああああああああああああ」
 停止した思考により、避ける余裕も判断も間に合わず、
 18号はあっさりブルマに押し倒された。

「なな何だ! どうしたんだよ」
 慌てて居間に入ってきたクリリンが目撃したものは、
「どけっ! 離せ!」
「や」
「ふざけんなあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

――・・・・・な、
何で俺の嫁さんは、この人に押し倒されているのだろう――

夢にも思わなかった光景を目にし、クリリンの思考も停止した。
「こらっ! クリリン!! 何とかしろ」
 油断すれば服を剥ぎ取られそうになるのを懸命に死守しながら、18号はあらん限りの声でクリリンに怒鳴り散らす。
「――え、あ。
 あー、ブルマさん。ブルマさん」
「何よ、いいトコなんだから邪魔しないでよ」
 人の妻を夫の目の前で襲おうとして、何故彼女はこれほど強気でいられるのだろうか。
「離れて下さいよ」
「嫌よ! だって18号ったらお肌スベスベで気持ちいいんだもん!!」
「な・・な・・な」
 途端に18号の顔が今以上に赤くなる。
 一方、ブルマの発言に反論できず、言葉に詰まるクリリンに当り散らした。 「黙るな! 余計恥ずかしいだろっ!!」
「あら、恥ずかしいの? んふふふふふ。
 じゃああたしが、もっと恥ずかしくして、あ・げ・」
「ブルマさん! いい加減にして下さい」
「邪魔しないでったら。
ずるいわ。そんなこと言って18号を独り占めする気ね!」
「俺の嫁さんなんだから、俺が独り占めして何が悪いんですか!!」

 瞬間。

 只ならぬ沈黙が辺りを支配した。
 全てが動かぬ世界と化したその中で、一番最初に行動したのは事の元凶であった。
「・・・・・・・・・それもそうね」
 うんうんと頷き、軽く肩をぽんと叩きながら「で? お茶漬けは?」と聞いてくる。
 この一連の流れを冷静に受け止める為に、クリリンは相当な精神力を労した。
 この人の相手はとりあえず後回しにして、まずは18号を、
「っ・・・・・!
じ、じゅうはちご」
 目に見えるのではないのかと思えるほど、怒気を発している18号。
「・・・ろす」
「待て! 落ち着け! 話せば判る」
 未だかつてその科白を吐いて、判ってくれたことなど有りはしないのだが、クリリンにはそれしか言えなかった。
 だが18号からはそれ以上の反応は返ってこない。服を整える体勢で、顔を俯かせたままだ。
 これは妙だと思い、クリリンが近づこうとしたその時、
18号の右手がまっすぐクリリンの顔を捉えた。
 ゴツッ、という鈍い音と共に、部屋から去っていく18号。
 そして後に残されたのは・・・。
「・・・クリリンくん。顔を押さえて何か楽しい?」
 自分の顔を両手で覆いながら、ブルマが真剣に聞いてくる。
 だがクリリンは、それどころではなかった。

                ※

 波の音が規則正しく、普遍的に流れてくる。
 電気を消しても、控えめな月明かりが、部屋を斜めから照らし出していた。  真の静寂も、暗闇も、この家には存在しない。
 それに慣れるのは、まだ先のようだった。
 いつかは慣れるのだろう。
 例えこれに慣れたとしても、あいつらと馴れ合う気は全くないけどな。
 クリリンの知り合いだろうが、関係あるか。
 新たにムカムカと怒りを芽生えさせていると、部屋の扉が音もなく開いた。
 てっきり他の部屋で寝るかと思っていたので、18号は心の中で少し驚いていた。
だが何の反応も表さず、シーツに包まったまま窓の向こうに広がる景色を見つめ続ける。
 気配は近づき、ベッドに入ってきた。
 恐る恐る、という雰囲気が漂ってきて、少しむっとしてしまった。
 別にお前が悪い訳じゃないだろ。
 いや、そもそもこいつがお人よしだから、そこに付け込まれるのだ。やっぱりこいつが悪い。
 でも、

――そのお人よしの性格に、わたしは救われたんだよな――

 少し歩み寄ってみようかと、ぽつりと言葉を発した。
「・・・・・あいつは?」
 途端に、びくり! と共有している寝台から振動が伝わってきて、更に18号の機嫌は悪くなった。
 いちいちひびるな! 
「向こうで寝かせたよ」
「・・・・・・・・・・・ふうん」
 気まずい沈黙が降りる。どうしようかと思案しているクリリンに、18号は深いため息をついた。
 嫌な雰囲気だ。
 こいつとだけは、こんな雰囲気でいたくないのに。
「あの・・さ」
 声が、すぐ後ろから聞こえてきた。
 先ほどまでは、少し間を空けて寝ていたはずなのに、いつの間にかクリリンがすぐ後ろにまで近づいていたのだ。
 そう実感した後、すぐにクリリンの体温が感じられた。
「ごめんな」
「何でお前が謝るんだよ」
 不機嫌な声で18号は言葉を返す。だが心の中では、徐々に自分の中のわだかまりが消えていくのが判った。
「やっぱりすぐに帰せば良かったな。
 やっとお前が帰ってきてくれたのに」
 偽りの言葉ではない。彼の声はそれを充分に感じさせてくれる。
 心地よい声の響き。温かい体温。
 反則だ。こんなの。
 これじゃあ、本気で怒れないじゃないか。
 ちらりと首だけ後ろを振り返ると、クリリンと目が合った。
 少し怯えているが、申し訳なさそうな顔をしている。
 だから、お前が悪い訳じゃないだろ。
 何で、何でもかんでも背負い込むんだよ。
 こいつの一番悪いところは、考えすぎなところだな。
「怒ってない」
 それだけ言って、身体も向ける。
ほっとした表情のクリリンを見て、単純・・・と思ったが、内緒にしておいた。
 少し身体を寄せてみる。
と、何故かクリリンは身を引いた。
瞬時に18号の顔が険しくなった。
「・・・何で離れるんだよ」
「えっ!? あ、いや、い、いいのかなって・・・」
「いいに決まってるだろ。ばか」
 さっきは大声であんな恥ずかしいこと言ったくせに。何を今更。
 自分に引き寄せるように、クリリンの腕をぐいと伸ばし、その上に自分の頭を乗せる。
 目を見開くクリリンに、嫌か? と視線で訴えると、返事の代わりに反対側の腕が伸びてきた。
 腕が優しく包み込む。
 それだけで、全身の緊張がほぐれ、疲れがため息と共に抜けていった。
「・・・お帰り」
「さっきも言っただろ。それ」
「んー。でも、もうちょっと実感させてくれ」
 そう言って、嬉しそうに自分を抱きしめる。
 暫く会えなかった寂しさか、久々に会えた嬉しさか、いつにも増してクリリンは触れてくる。
 嬉しい反面、珍しいなと思った。
 普段は積極的とは程遠いぐらい、クリリンは自分に触れてこない。
大切にしてくれているのだろうが、やはり物足りなかった。
 それに比べて、今日はどうしたことだろうか。
「・・・無事で良かった」
 ほとんど無意識なのか、クリリンのかすかな声が聞こえてきた。
 それがあまりにも切実に聞こえ、思わず18号はクリリンの顔を見た。
「何て顔してんだよ」
 悲痛な顔。
 こいつのこんな顔は、見たくない。
「怪我とかなくて、本当に良かったよ」
「怪我なんかするもんか。わたしを誰だと思ってるんだ」
「んー、でもさ。  やっぱり、危険な所にいることには、変わりないだろ?」
 そんなことを、ずっと考えていたのか。こいつは。
 わたしが帰ってくるまで、ずっと。
「・・・この仕事、反対か?」
「正直に言えばな。
 でも、お互い仕事のことに口出ししないようにって、約束したからなあ」
 だから、お前の好きにしてくれと言って、軽く頭をぽんぽんと叩く。

――そんな顔されて、そんな事を言われたら、何も言えないじゃないか――

 クリリンの伸ばした手の平が、自分の頬に静かに触れる。
「帰ってきてくれて、ありがとうな」
「・・なに言ってんだよ。
 帰ってこない訳ないだろ。わたしはお前の傍が一番す――」
 最後のその科白だけが、何故か言葉が詰まってしまった。
 対してクリリンは、その次の言葉こそ待ち望んでいるようで、じっと自分を見つめている。
「うるさいな! さっさと寝ろ!!」
 頬に熱が帯びるのを悟らせないよう、触れる手を跳ね除けて、勢いをつけて身体を反転させた。
 背後から感じる、何かを押し殺しているような気配に、再びムカムカしてくると、
 今度は近づいてくる気配がはっきりと判った。
 自分を包む優しい温もり。髪の毛に触れているのは彼の唇だろう。
 キスという訳ではない。本当にただ触れているだけ。
 だが、それだけでも、こんなに嬉しくなる。

 クリリンに触れられるのは好きだ。
 その間は、誰よりも一番傍にいるのだと実感できる。
 彼が自分の存在を感じてくれているのだと思うと、堪らなくなる。

「・・・・・好きだよ」

 だから、最後の言葉が言えた。
 本当は何よりも、一番言いたかった言葉。

              ※

 目を開くと、天井が見慣れないものだと気づいた。
 だがそれで困惑するでもなく、ゆっくりと上半身を起こして、部屋のぐるりを見回す。
 一応、昨夜のことを思い出そうとするも、無駄だと判断したのは二秒後だった。
 だがここでようやく、この家がどこなのか思い出した。
――じゃあ、洗面所はあっちね。借りよっと――
 勝手知ったる、と言わんばかりに、颯爽と立ち上がって部屋を出て行った。


「おはようございます」
 開口一番、そう言ったのはクリリンだった。しかもテーブルにはすでに朝食が用意されていた。
 こぽこぽと湯飲みにお茶を注いで、どうぞと手渡す。
 渋めのお茶が、飲んだ後の乾いた喉に沁みる。ついでに味噌汁も沁みる。思わずため息が出た。
「あー、沁みるわー」
「一応聞きますけど、夕べのこと覚えてます?」
「これがさっぱり」
だろうと思った。
期待はしていなかった分、心労も少しで済んだが。
「さきほど、トランクスから電話がありましたよ。元気かって」
「あらそうなの。ちゃんとご挨拶してた? まだ四歳だから」
「・・・子供の教育より、ご自分の教育を考えたらどうですか?」
 微笑みながら皮肉るクリリンに、ブルマもさすがに彼が怒っていることを実感し、素直に謝った。
「――ごめんなさい」
「子供もまだ四歳なら、尚更親である貴女が、こんな状態では駄目でしょ」
「はい」
「もうそろそろ、自分の限界も理解して下さいよ。18号宥めるのに、どれほど苦労したことか」
「あ、私、何かやっちゃった?」
「言いたくないです」
 言ったら言ったで、この人なら爆笑するに決まってる。
 そして更に18号の逆鱗に触れるのだ。
「まあ私も、久々に飲んだから、尚更ハメ外しちゃって」
「・・飲むなとは言いませんよ。貴女も色々と大変でしょうから。
 でも、貴女が飲みすぎると、必ず誰かが迷惑してるということは覚えておいて下さいね」
 これから毎回、あんな夜はごめんだ。本気で命が危うい。
「あ、それで? 昨日私が迷惑かけちゃった人は?」
「まだ寝てます。起きる前に帰った方がいいですよ。俺からも言っておきますから」
「あー・・、そうね。顔を見るのも嫌かもね。
 悪いけど、ごめんねって言っておいて」
 何をしたのかは覚えていないが、確実にヤバいことをしたのだということは、クリリンの表情から見ても明らかであった。
「お詫びに、今度うちに来てね。ごちそうするから」
「あちらの気が納まったって頃伺います」
 そして、ブルマはさっさと帰っていった。
 一つの厄介ごとが終わって、ほんの少し肩の力が抜けた。だが次の問題もまだ残っている。
「――さてと、今度はあちらを何とかするか」
「あちらって?」
「っ!!」
「何だよ。その顔」
 ふん、とそっぽを向いて、18号は外をちらりとみやる。
「あいつは帰ったのか」
「あ、ああ。詫びは言っていたけど」
「どうだか」
 この態度からして、まだわだかまりがあるのだろうか。まあしかたがないが。
「朝ごはんは何がいい?」
「いいよ。自分でするから」
「今日だけでもやらせてくれよ」
 そう言って、18号を座らせ、台所に向かおうとすると、片腕が掴まれた。
「・・・・・?」
「あいつは帰ったんだな」
「帰ったけど」
「じゃあ、今は二人きりだな」
「あ・・ああ。そうだな」
「じゃあ・・・」
 腕を引かれ、崩れた体勢が、丁度18号を抱きしめるような形になる。
「じゃあ、もう何も気兼ねしなくていいな」
 視界に入っているのは、18号の金の髪と、背中から腰にかけての優美なライン。
 表情は判らなくとも、彼女の言葉だけで、その望みが理解できた。
「え・・あ、あの、朝から?」
「昨夜があんな状態だったから、仕方ないだろ」
 少し不機嫌さが混じり始めたのを、クリリンは慌てて抑えながら、
「わ、判った! 判ったからもうこれ以上怒らないでくれよ」
「わたしは怒ってない」
 嘘つけ、と思わず口に出してしまいそうなのを、必死に抑えながらも、
18号の身体に触れる度に、自分も彼女と同じくらい、今この時を望んでいたのだという思いが溢れてくる。
少し身体を離した18号の顔が、まっすぐ自分の顔に向かってくるのを、夢見心地に迎えようとした。

はずだった。

キッ! と勢いをつけて18号は外をにらみつけた。外された唇が、引きつらんばかりにぎりぎりと震えている。
今度は何事かと、同じく外を見たクリリンの視界に入ってきたのは。
「・・・・・・・・・・・・・げ」
「『げ』とは何だ?」
 自分の妻に瓜二つの顔を持つ男の姿。
 意外な来客に唖然としているクリリンに対し、
「・・・・・・・・・・・・・っ」
 瞬時に18号の手のひらに集まる黄色い閃光。
「まて! 落ち着け! 落ち着いてくれ!」
「今度はお前かあああああああああああああああああっ!!」
 クリリンの悲痛な懇願をかき消すように、無情にもそれは放たれたのだった。

               ※

「ん?」
 遠くの方で音がした。
 あの方角は、亀ハウス?
「あらまあ、派手ねー。こっちも頑張んなきゃ」
 けらけら笑いながら、ブルマは家路にと急いだ。
 罪の意識も全くなく。

(了)


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