幸せの形
そこはどこまでも続く青の色。下界の雲のような波の白。
初めて感じた『海』の色とは違うが、とても綺麗だと、素直にそう思える。
そもそもこの地上の神様が素直なのは、誰もが知っていることなのだが。
もちろん、その神様の目の前にいる、金色の髪の女の子も知っている。
信じているからこそ、自分の宝物を惜しみもなく披露したり、時には贈ったり出来るのだ。
そして今日の贈り物は、本日見つけた中で一番綺麗な貝殻にしようと、
大きな瞳を輝かせながら、マーロンは密かに思っていた。
いつもは雲の上にいて、なかなか会えない神様がせっかく降りてきてくれたのだ。
それも自分に会いに。
これが喜ばずにいられようか。
共に貝殻探しをしながら、時折視線が合うとにこりと微笑んでくれるこの神様が、
今、マーロンの一番のお気に入りなのは、誰が見ても一目瞭然であったのは、言うまでもない。
※
「なーにさっきから見てんだい?」
娘と神様の微笑ましい光景を、ぼんやりと眺めていた後ろから、呆れた声をかけたのは、
娘と同じ金の髪の女性、18号だった。
ぽんと肩に手を置いて、隣に座りながら、「まったく、これだから男親は」
「別にそういう意味で見てた訳じゃ」
「隠すな。バレバレだ」
自覚はなくとも、他人からはそういう風に映っているのならば、そうなのだろう。
「大体あんたは、隠し事下手なんだからさ。いいじゃない。マーロンが喜んでいるんだから」
指差したその先には、愛娘の嬉々とした姿。
親なら、それを素直に喜べばいいのだ。
そもそも、娘の相手であるデンデにこんな感情を抱く方が間違っているということも、よく判っている。
判っているのだが。親心というのは複雑なのである。
「・・・・・・・・・こんなにすぐ、親離れしなくったって」
聞こえるように言った訳ではないそのつぶやきは、隣にいた18号にはしっかりと聞かれていた。
「あんなの、別に親離れじゃないだろ。あんた考えすぎ」
「そうかなあ。それでもなあ」
もう少しくらい、甘えてほしいのに。
たまにデンデに会わせていたら、今やすっかりこの調子なのだ。
喜んでくれるのなら、それでもいいかと思っていたのだが、心は裏腹だった。
「どうせ嫁にいっちまうんだから、せめて今の時期くらいは・・・」
はあ、とため息をつく自分の夫を、18号も別の意味のため息をつきながら見つめていた。
「・・・・・・・・あんたって、贅沢だな」
「は?」
突然何を、と顔を向けると、18号は含んだ笑みを浮かべながら、
「あたしだけの愛情じゃ、もの足りないってのかい?」
彼の次の言葉を待たず、近づいた唇がそっと頬に触れた。
「あたしは、あんたが好きだから、一緒にいたいと思ったんだよ」
暑さ以外の熱に浮かれた彼の顔を目の端に留め、今度はマーロンに視線を移し、
「ならあの子だって、そう思える奴を見つけるだろうさ。ま、もう見つけたのかもね」
おそらく、今の自分と同じ感情で喜んでいるであろう娘は、本当に幸せそうに見える。
「その時に、あんたがそんなんじゃ、素直に喜べないだろ?」
「――うん。そうだな」
「気づくの遅いんだよ。バーカ」
笑いながら18号は立ち上がった。
海の匂いを乗せた風が、気持ちよく顔を撫でる。
幸せだ。あたしも。
他の奴にも、そう見えているだろうか。
弟にも。
そうであれば良い。
本当のことなのだから。
18号が娘達を呼ぼうと、再度視線を二人に向け、
丁度その時だった。
少し屈んだデンデの頬に、マーロンが素早く唇を寄せたのは。
「・・・・・・・・・・あ゛」
下の方から強張ったクリリンの声が届いたのと同時に、18号は盛大に笑った。
きっと先ほどの自分達の姿を見ていたのだろう。
「あー・・・もういい。好きにしてくれ」
「ほら、拗ねない。拗ねない」
半ば諦めに似た声で、頭を抱えるクリリンの肩をぽんぽんと叩く。
一方、行為の意味が判らず、小首を傾げる神様と、それでも満足そうな娘の姿は、
18号にとって、もう一つの幸せの形に思えた。
(了)